
1.プロフィール佐原美幸(前武蔵店長)
静岡県出身
4人兄弟の末っ子で現在は姉と二人でシドニーに在住
ワーホリの1年間は小さな規模の日本食でキッチンハンドとして働きました。日本でもほんの少しキッチンで働いた程度ですが、私はワーホリの1年で出会ったシェフの二人がとても大好きで仕事が楽しくてもっとキッチンで働きたいと思いました。
鱒屋グループは大きい会社という事で選びました。
最初は鱒屋レストランに面接に行きましたが、人がいっぱいという本当の理由か分からない理由で断られ、オープン予定の武蔵で働くことになりました。
最初からキッチン希望でした。
ほんの少しの経験でしたが最初から鉄板等セクションで働けたことに感動しました。
毎日楽しくて仕方ありませんでした。もちろん大変でしたけど。。。。。
手は切るし、時間に追われる仕事だし、オープンしたばかりの店でオペレーションも今思えばかなりやりにくい感じでした。
それでも、やっぱりあの頃が一番楽しかったのかもしれないと今は思います。
本当に女を捨てて働いてみました!今思えばひどかった、汚い。。。臭い。。。 化粧もめんどい・・・・・
社長は毎日怒鳴る。。。。「ここは戦場と一緒なんじゃーーー」とどなったのは今でも一番心に残っている言葉の一つです。
一息ついたら殺される(もちろん実際に殺される訳の意味とは違いますけど)、でも本当に気を緩めたらミスをする、間違える、迷惑をかける。
だから私は必死でやりました。
次第に寿司セクションを教わるようになりましたが、これがまた大変でした。
不器用にも程がある私によくもまー教えてくださったと感謝しています。
グループ定例の毎日のフィッシュマーケットは楽しかったですが、もちろん大変でした。
とりあえずcityに引っ越しましたが、IELTSの勉強もしなければならないので、英語を聞きながら歩いてフィッマーケットに行きまし た。
見事2回目でパスした時には泣きました!
その後ホールマネージャーとしてホールに出ました。それからが本当に大変な日々だった。。。。。
接客は難しい、そしてマネージメントはさらに難しかった。
毎日自信を無くしましたが、それでも少しずつ強くなっていく自分がいたことを覚えています。
強くなったことが良かったのか悪かったのか、結婚と言う言葉は遠のきました(笑)
ホールの仕事を始めて接客の難しさはよくわかりました。やればやる程難しい。
すべてのお客様はそれぞれ期待度が違うし、期待している事も違う。
今日の気分も昨日と違う。
私の一言で、些細な行動でせっかくの食事を台無しにしたり、最高の物にしたり、普通だったりと。。。。。
でも結局、最高にしないと駄目なんです。普通じゃ駄目なんです、武蔵は。。。。。
お客さんに本当に感謝された時程嬉しい事はありませんでした。
お客さんから「次の店が決まったら言ってよ。そっちに食べにいくから」とお客さんから言って頂けた事は本当に嬉しかったです。
尊敬します!
社長には一生かなわない。
何よりも仕事、それを何十年と続ける事が一番大変だと思う。
ほんの5年10年ではなく死ぬまで。
これまた1つの理由ではないのですが。
鱒屋グループのマネジメントでいる事は、なによりも店の事を考えなければいけないと思う。
家族よりも恋人よりも、自分の事よりも。
私は他の事も大事にしたくなった。。。。。
他のマネジメントも見たくなった。。。。。
とにかくがむしゃらに働く、夢を持って働く。
自分を変える、変えたい人!
お願いだから母親になっていたい。
自分の小さな店を大好きな人と一緒にやっていたらいいのですが。。。。。
とにかく一生懸命仕込み、買い付け!1ドルでも安く美味しいものを、そして私たちの笑顔を楽しみに来てくださるお客様がいたら最高。
金持ちになる野望はない、毎日が楽しければ!そんな人生がいいかと。。。。。
自分が働いていた会社だと人に自慢したくなるようなグループでいてほしい。
店長してたのよっていったらみんなが、うそだーーーーー、って言うぐらい世界的有名なレストラングループ。
自分が一番大変ではない、みんながもっと大変なんだと思って頑張って働いてください。
チームワークがとても大切だと本当に思いました。
嫌いな人ともうまくやっていかなければいけない。大きな店になるほど大変です。
頑張っている皆さんを私は誇りに思います。
海外になんらかの理由で来た皆さん。何かを変えようと、自分を変えようと思っている方も大勢いると思います。
自分一人では自分自身を変えることは難しいと思います。
でも社長の下で働くと変われるかもしれません(挫折しなければですが!)
騙されたと思って1年働いてみてください。自分の為に頑張ってみてください。
何から初めていいか分からない人も、ここからスタートしてみてください!何か見つかるかもしれません。